「水の安全保障」をご存じだろうか。
地球温暖化の影響もあって、世界的に洪水、渇水、水質汚染といった「水の危機」が深刻化する中、そうした事態への対処を「安全保障」ととらえ、国家として総合的、機動的な対策を講じようという考え方だ。
多雨地域に属し、多くの川や湖にも恵まれた私たち日本人にとって、「日本の水資源は豊か」というイメージが強い。「水はただで飲めるもの」とさえ錯覚しがちだ。
ところが、実態は必ずしもそうではない。国土交通省が8月に公表した報告書「日本の水資源」(2009年度版)によると、世界全体の1人当たりの年降水総量(16400立方メートル)に比べ、日本人1人当たりの数字は5000立方メートルと、3分の1に過ぎない。最近は、日本でも少雨による水不足などが各地で頻発するようになってきている。
10月4日に死去した自民党の中川昭一・元財務相が晩年、水の安全保障に精力的に取り組んでいたことは、あまり知られていない。
農政通らしく、「日本は水の輸入大国」と警鐘を鳴らし、輸入される小麦や牛肉に触れて「1kgの小麦の収穫には2トンの水が必要とされ、1頭の牛肉の育成には22トンもの水が使われている。計算していくと、日本は年間640億トンもの水を輸入していることになる」とも指摘していた。
日本において、水をめぐる様々な「危機」が進行していることに気づいた中川氏は2007年12月、党に「水の安全保障研究会」を発足させた。自民党のこうした会議は通常、議員と官僚が主体となるものだが、研究会では「オールジャパンの英知を結集させなければ」として、毎回、学識者、経済界、民間活動団体(NGO)関係者らを多く招き、議論を主導させた。
半年間ほどの間に30回以上の会合を重ね、08年7月には緊急提言をまとめた。行政の縦割りを排して「政治主導による行政分野の枠を超えた機動的かつ大胆な政策」を打ち出すため、産・学も加わった首相直属組織「水の安全保障戦略機構」の創設が柱だ。
提言を受け、今年1月には自民党の森元首相、日本経団連の御手洗冨士夫会長らを発起人に、任意団体としての「水の安全保障戦略機構」が発足した。同じころ、政府内にも審議官クラスで構成する「水問題に関する関係省庁連絡会」が設置されている。
08年度第2次補正予算と09年度予算では、「水の安全保障」関連として、ゲリラ豪雨対策費や、海抜ゼロメートル地帯の津波、高潮、浸食対策費などが大幅に積み増しされた。
中川氏の急逝から、もう四十九日が過ぎた。北朝鮮による日本人拉致問題、核論議の提起など本筋の安全保障で残した足跡だけでなく、「水」の分野でもまいた種が、着実に芽を出しつつある。
(2009年12月4日 読売新聞)